海外出張の前後は非常に忙しい …
何かと忙しい日々のなかで、さらに無理矢理に仕事を前後の週に押しのけて一週間の隙間を作るのだから、まあそれもやむを得ない。
本来は、海外出張とかいうものは、十分な時間の余裕をもって旅行の準備を万端整えたいものである。さらに現地での仕事の用意をカンペキにした上で、体調などをじっくり整え、出発前日には沈思黙考し精神統一の上、当日の朝 「いざ往かん」 などといっておもむろに旅行鞄を片手に出発する、というのが理想である。が、しかししかしなかなかそうは行かない。
で、どうなるかというと、だいたい出発直前の最後の夜遅くにアタフタしている。夜も更けて 10 時半頃、自分しか残っていないオフィスで、人に頼んで手配してあるはずの航空券とホテルの予約を確認するという事態になるのである。
… 思い起こせば、2003 年にドイツの 「デュッセルドルフ」 で開催された展示会に行った際は、それで大失敗をしてしまったのである。
そのときも、いつも通り ? 出発前夜の夜 10 時半にアタフタと航空券とホテルの予約の確認をするというダンドリになった。
航空券は ? と、まずは航空券を確認する。これは旅行会社に、成田空港からフランクフルト経由ででデュッセルドルフ往きの便の予約を頼んであったのが、確か先日届いていたはずだ。予定通り、明日の便で成田から、デュッセルドルフ空港までのチケットがある。よし ! 20:30 に到着という遅い到着なのがいまいちであるが、デュッセルドルフ空港は、市内中心に比較的近いので、空港からホテルまでタクシーを使用すれば良かろうと思ったのである。
で、ホテルは ? と、次にホテルの場所を確認するのである。よし予約が入っている。場所は ? 場所は ?
xxx 通り何番地、ケルン。
ケルン ?
これをご説明すると、こうなる。展示会の開催地はデュッセルドルフである。しかし、ホテルはケルンである。空港から向かうのは展示会の会場ではなく、ケルンのホテルである。
そういえば、展示会期間中はデュッセルドルフ市内のホテルを確保するのが難しくて … というメールが入っていたのをうっすらと憶えている気がする。それにしてもケルン。
ちなみにケルンとデュッセルドルフはそれほどには近くない。鉄道で約 1 時間ほどはかかる距離関係だ。そしてケルンには 「ケルン・ボン国際空港」 という立派な空港がある。ケルンに向かう旅行者は、ふつうはそちらを利用するのである。というのも 「ケルン・ボン国際空港」 のボンは、ご存知の通り、西ドイツ時代はドイツの首都だったのである。それで、そちらのの空港のほうが圧倒的にメジャーなのである。それを何の因果で地方空港であるデュッセルドルフ空港へ向かうのであろうか ?
さすがにこれではデュッセルドルフ空港に到着後、ではタクシーで、というわけには行かない。何とかしてドイツ鉄道に乗り換えて、1 時間ほどかけてケルンに移動し、そしてケルン駅から更にホテルに移動する … ということにするしかない。どうも気が重い。が、それがわかったのが出発前夜の 11 時では如何ともし難いのである。
まあそのときは結局、深夜に近い時間にようやくホテルにたどりついたのである。
さて、それは前回のオハナシ。
かかる教訓を生かして今回は準備万端、となるとよかったのだが、なかなか思った通りに行かないのがこの世の常。今回もまた夜の 10 時半、もう誰もいないオフィスでホテルの確認をするのであった。
しかし今回のホテルは、有り難いことにオタワ市内であった。それもかなり市内中心部に近い。ホテルへのアクセス方法がインターネットの HP ではわかりにくく若干あせるが、空港から直接タクシーにのってもリーズナブルな範囲であるらしい。
というわけで、まずまずの滑り出しである。
と思いきや、今回は、前回を更に上回る悲惨な運命が待っていたのであった …
さて、極めて長いマエフリのあとで、いよいよここからが今回の旅日記である。5月 23日の 16:00 に成田空港でノースウェスト 12 便にのりこみ、まずはデトロイトに向かうのである。デトロイトでオタワ往きのノースウェストにトランジットをする予定である。
5 月 23 日の 14:30 にデトロイト空港に到着。さらに 16:40 ころ、デトロイト発オタワ往き、ノースウェスト 5848 便にのりこむ。
「さあいざ往かん、オタワへ」 と思いきや、そうは問屋がおろさない。
そのままで 30 分経過する。なぜか飛行機はゲートにとまったまま動かないのだ。雨が降り出し、徐々に強くなっていく。というあたりで、「雷雲が空港に近づいているという予報があり、10 分か 20 分くらいで通り過ぎるようなのでそれを待って離陸します」 という機内アナウンスが入る。