この朝も、顔を洗って着替えて朝食を取りにダイニングルームへおりていくと小柄な英国人のおばさんが待っていてくれた。「さあさあ昨晩のお客さんはあんただけだったんだよ」 とのこと。こっちへ来て朝食でもどうかいという、そんな感じで話し始めたのがきっかけで、朝食のあいだこの話好きの英国人のおばさんとずっと話しこむこととなった。
眼の前に座っている英国人のおばさんに、今朝の朝食の感想に聞かれる。 「おいしいですよ。ところで英国では焼いたトマトを必ず出しますね。私の国ではトマトはふつう生で食べるのでたいへん印象的です」 などと答える。そのあたりから日英朝食談義になった。「お国はどこ ? 」 というので、日本人だと答えたら、日本の B&B の朝食はどういうものか教えてくれない ? という。
ここは正しい伝統的な日本の朝食をキチンと説明せねばなるまい、と思う。
そうですねまず最初の特徴として、トラディショナルなジャパニーズ・スタイルの B&B (民宿 ? ) ではブレックファーストにはパンではなく、必ずライスを出します、というと 「ほおお、ブレッドを食べない ? で、その代わりにライス ? 」 と興味を示してくれた。
しかし次に、ミソというソイビーンズ (大豆) のペーストで味つけをした暖かいスープも必ず … と言ったあたりからどうもおかしくなった。 「暖かいビーンズのスープ ? を飲むの ? 朝から ? 」 と言ったきり表情が曇ってしまったのである。
明らかにこちらの思い描いている伝統的和風味噌汁のイメージと、向こうのアタマにある 「ソイビーンズのスープ」 のイメージがずれてしまったようだ。大皿になみなみと注がれた何かとてつもなくリッチなビーンズのスープを朝からすすらなくてはならない日本人を想像して、同情の念を禁じ得ないようすである。しかし、圧倒的な文化の違いからくる誤解を慣れない英語でうまく説明するのは難しい。
「それで ? 」 と言うので、しかたなく次を説明する。
「それにフィッシュの料理をつけます」
しかしそこでかの英国婦人しばし絶句。
「あ、あさからスープを飲むの ? そのあと、フィッシュのメインディッシュを食べるの ? オー、アンビリーバブル ! 」 とのこと。こちらも多少うろたえる。
これは、明らかに誤解である。
コース料理のように、まずミソのスープを飲み、それが終わったところで、おもむろにフィッシュ料理を食する、というように理解されてしまったのだ。しかし、どのように説明すれば、それが誤解だとわかってもらえるのだろうか。
それに、イングランドの田舎町でフィッシュを食べる、などというと脂ぎったでかいフライしか思い浮かばないのかもしれない。朝、スープ皿になみなみと注がれたリッチなスープを食したあとに、そのようなモノが出てくる … というのは、確かに想像を絶するものがある。
そこで、フィッシュといっても小さいもので、オイルを使わずに網で焼いたりして調理するからライトなテイストなんですよ、などとフォローしたがどうも聞く耳をもたないようすである。
しかたないので、もうやけになってどんどん説明を続ける。 「エッグは食べないの ? 」 というので 「日本ではエッグは生で食べます」 ときっぱり説明 !
「エッグ ? を生で ? おお ! おお ! なんてことでしょう ! 他に ? 」 「大豆を発酵させたナットーというビーンズの料理とか」 「大豆を発酵 ? 発酵 (fermentation) って言ったの ? 他に ? 」 「あと黒い紙のようなフードもあります。ノリという、えーと黒い色の海草ですね。それがマテリアルです。それを紙のように成型します。」
「 ! ! ! 」(絶句)
結局 「日本の B&B のお客さんは気の毒だねえ。毎日そんなものを食べるのかい。インブリッシュ・ブレックファーストの方がぜったいおいしいよ」 というのが彼女なりの結論になったようである。適当にあいづちをうっていたら、すっかりこの朝食に関する日英会談の合意事項は、日本の伝統的な朝めしよりイングリッシュ・ブレックファーストの方がだんぜん美味いということになってしまったようである。不本意な気もするがしかたない。
朝食によらず、日本の極めて伝統的なものごとを英語で、その魅力が伝わるように説明するのは難しいなあと痛感する。
さてこの日は英国の右下のあたりにあるラムスゲイトを出発し西へクルマを走らせる。近くに 「ハートフィールド」 という小さな村があるので、まずはそこへ向かうのである。